目黒川は中世のころ、「品川」と呼ばれていました。世田谷区北烏山の寺町、高源院境内にある池を水源とする烏山川と、同区上北沢の松沢病院敷地内にある将軍池を水源とする北沢川が、渋谷区池尻付近で合流して目黒川となり、目黒区内を流れて品川区北品川の東京湾に流れ出しています。現在では、合流点下の大橋より上流は暗渠になっていて、その流れを辿るのは難しくなっています。目黒川が「品川」と呼ばれていたころから、機能的には多摩川と姉妹川でした。多摩川は河口付近で広い幅の流域が直接東京湾に注いでおり、船舶を停泊させる湊を設けることができなかったので、近くの目黒川河口が湊として使われました。現在の目黒川は多摩川と同様に東京湾に真っ直ぐ流れ出していますが、かつては河口付近に風や波で打ち寄せられた砂丘の自然堤防があり、大きく北へ湾曲して流れ出し、潟湖のような湊の役目を果たしていたといわれています。「品川」の発展はこの湊によってもたらされたものです。